「春が来た!!!」
突然そんなことを言うから、大袈裟に隣を振り向いてしまった。利也は四季を堪能するような人間じゃなかったはずだ。小学校からと付き合いは長いが、未だかつて「花見に行こう」などと誘われた覚えはない。
それに自転車で目的地へ向かう途中、会話の合間にそんなことを言うものだから余計に驚く。
「なんだよ」
「桜が咲いてた」
「咲いてたって、開花宣言するかしないか程度だろ」
ついさっき通り過ぎた小さな公園には桜の木が1本植わっている。ハッキリ見なかったが、俺の視界は淡いピンクを捉えなかったし今年は開花が少し遅いと天気予報で言っていた。
「もう4月だな~」
「まぁ、だな」
「クラス替えだ!」
それか。
やはり桜には大して興味はないらしい。利也には今日が何日だという意識があまりないから、桜を見て4月は近いと思ったんだろう。
「2年は同じクラスになるぞ!」
今まで奇跡的に同じクラスだったためか、高校入学してすぐのクラス発表で愕然としていたのを今でも覚えている。俺としても残念だったし少し寂しくはあったけど、利也はかなり気にしていたらしい。意気込みもきっと大事なんだ、と妙に張り切っている。
クラス分けなんて1年間の成績と教師の采配で決まるんだから、意気込みなんてハッキリ言って関係はない。けれど、意気込んでくれるのは嬉しいと思う。
「次は3人一緒だったらいいなあ」
どうせならと仲の良いもう1人も加えると、利也の眉間に小さなしわが寄った。
「アイツは今年一緒だったんだからいいよ。今度は俺だ」
「なんでわざわざ2:1に分けるんだよ。さんにん」
「えー。アイツ、さらっと俺のポジション取っていきそうで怖ぇーんだよなー」
「どこだよそれ」
赤信号で何度か止まりつつも、学校の最寄り駅が見えてきた。見えてしまえば着くのはあっという間で、小さな駅に見合った小さな噴水の横によく知った人物を見つけた。通学時もここを待ち合わせ場所にしているせいで俺たちが来る方向がわかっているから、向こうもすぐにこっちを見つけて頬を緩ませる。すぐ側まで来て、止まることなく合流して3人で自転車をこぎ始めた。
「知、おはよ」
「オイ知、次はぜってー俺だからな!」
「おは……利也は何を言ってるの?」
「気にしなくていいよ」
3人で連みだしてもうすぐ1年。なんだかんだ言いつつ2人共仲が良い。知は高校に入って初めてできた友達で、3人でいることはすごく違和感があったのに、今ではこれが一番しっくりくる。
早く春がきて3人同じクラスにならないだろうか。俺だってクラス替えは待ち遠しい。
3人横に並んだり、注意されて縦一列になったりしながら自転車をこいでいた。口から出るのは他愛ない、どうでもいいような話ばかり。ふと、視界に桃色が映った。桜はまだまだ咲いていないはずだっから、振り返ってもやはりそこに桜はない。
何だったんだろうと前を向き直すと

一面桃色一色。

走っていたアスファルトの地面は土になり、ビルではなくたくさんの花をつけた木々が並ぶ。隣を走っていた利也と知はいつの間にかいなくなり、俺は自転車にも乗っていなかった。
視界を覆い尽くす濃い桃色。ああ、俺はこの花を知っている。桜じゃなくて、これは



「……」
目が覚めた。いつの間にか寝てしまっていたらしい。
目の前には濃い桃色の花が咲いている。桜によく似ているけれど、この花は弔いの花だと教えてもらった。綺麗だけど、良い花ではない。
体を起こしてガサガサと髪に付いた砂をはらう。樹の根元に何も敷かず寝ころんでいたから、背中も汚れているだろう。
伏せていた視線を上げると、見知った人物がポツンと立ってこっちを見ていた。
「よかった」
「え、なにが?」
「そんなとこで寝てるから死んでるのかと、思いました…」
「殺さないでくれ」
最近知り合った彼は名を氷粋というらしい。村のはずれでひっそり暮らす彼の近くにこの花の木があるのは、あまりいい気がしない。
"呪の子"
そう呼ばれ忌み嫌われる彼らは、氷粋のように隔離されるか殺されるのが大抵だと聞いた。
「幸せになれる花とかあればいいのに」
「…そう、ですね」
「元気になれる花とか」
「そ…」
「友達を勇気付ける花とか」
「都合が良すぎます」
「いいんだよ。言うだけなんだから」
近寄ってきた氷粋の顔は、どうしたらいいのか困った顔をしている。いつもそんな顔だ。そんなだから都合の良い花だって欲しくなる。
手を伸ばして目の前の幹に触れ、桃色の花を見上げた。

春が来ても俺たちは花見をしなかった。

花を綺麗とは思うが、愛でる気持ちは持っていなかった。今だって特別花見がしたくなった訳ではないが、ふと、何故隣に2人がいないんだろうかと思ってしまった。どれだけ一緒にいたんだ、と笑ってしまう。
大丈夫。もうすぐみんなで帰れる
塔に残ったみんなが頑張っている。儀式が終わればこの世界は安定し、役目は終わり元の世界へ帰れると神子は言った。
もうすぐ。
きっと、もうすぐだ。
(―――…)
(…ユキ?)
灰色でも、色鮮やかでもない、あの世界へ帰るのは。



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